西村谦三(1861年9月13日-1937年7月10日),日本教育学家、乡土学家。
毕业于东京帝国大学文学部哲学科,后出任佐贺县立佐贺西高等学校(日语:佐賀県立佐賀西高等学校)、岐阜县立岐阜高等学校(日语:岐阜県立岐阜高等学校)、大分县立大分上野丘高等学校(日语:大分県立大分上野丘高等学校)等教员,后担任武生中学(日语:福井県立武生高等学校)、滋贺中学(日语:滋賀県立彦根東高等学校)、修猷馆中学(日语:福岡県立修猷館高等学校)、长崎中学(日语:長崎県立長崎西高等学校)校长,最后回乡担任成美高等女学校(日语:佐賀県立佐賀西高等学校)校长。
1914年,担任佐贺县立图书馆(日语:佐賀県立図書館)馆长。